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お知らせ

2019.12.27

12/23(月)第11回「MBA入門」を開催しました

 『MBA入門』第11回目はケースメソッド2で彦根の伝統産業、井上仏壇店の井上社長にご登壇いただきました。

 そもそも仏壇とは自宅にある「お寺」のこと。我々が家でよく見る仏壇には先祖の位牌がところ狭しと並んでいるものが多いが、あくまで仏壇の主役は、ご本尊なのです。歴史を振り返ると納得します。
仏壇の起源は法隆寺に所蔵される玉虫厨子(飛鳥時代:仏像や仏画、経典を安置した箱)が由来で歴史は古いのです。
各家々に仏壇を設け、朝夕の礼拝や先祖の命日に、僧侶を招き供養するという習慣が確立したのが、江戸時代の寺請制度に始まるというのは興味深い話です。

 さて、彦根仏壇の歴史は、井伊家庇護のもと、350年前に武具甲冑の職人が始めたものと伝えられています。その特徴は漆塗りの大型金仏壇で、主に農村部の大きな屋敷に納められるものが多い。つまり彦根仏壇のメイン顧客は、旧家で広い屋敷を有する富裕層ということになるのでしょうか。
彦根仏壇は「工部七職」(木地師、宮殿師、彫刻師、漆塗師、蒔絵師、錺金具師、金箔押師と言われる7工程の職人の手を経て、大きさにもよるが完成まで約6ヶ月から1年をかけて完成され、高価なものでは住宅と同じ価格帯になるものまであります。に対する意識の変化、安価な海外製品の市場参入などにより、1991年のバブル期をピークにして、年々市場規模は縮小しています。

 さて、仏壇は生活様式の変化や宗教に対する意識の変化、安価な海外製品の市場参入などにより、1991年のバブル期をピークにして、年々市場規模は縮小しています。
前述した彦根仏壇の特徴や、市場における位置づけから勘案すると、環境変化への対応は、そう簡単ではないように思われます。
既存技術は新たな産業を起こすきっかけとなり、また、その産業に吸収される形で伝承されてきました。彦根では武具甲冑の技術が仏壇に転用され、彦根仏壇は成長し発展しました。    
そこで、業界の活性化と工部七職の技術を伝承するために、井上社長をはじめとした彦根仏壇の経営者が新製品の開発や新市場の開拓、職人の育成などに挑戦し注力されていることが解りました。最近では中国上海への進出の話題がニュースにもなりました。
 
今まさに、仏壇製造を支える「工部七職」の技術の新たな転用が期待されています。